大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)658号 判決

被告人 豊田晴敬

〔抄 録〕

論旨は、事実誤認の主張であつて、被告人は、原判決が認めているように、被告人の運転する自動車の前部を高野政治の左足に衝突させて自転車諸共転倒させた事実はなく、同人が傷害を負うたのは、交差点において被告人の自動車の接近に驚ろいて自分の自転車を停止した際、自転車の積荷の重量と老体のため自ら自転車の重心を狂わせて転倒したことに因るのであり、被告人には責任はなく無罪であるというのである。

よつて、記録を調査すると、本件被害者高野政治(当時六四年)の受傷は左下腿足関節部腓骨下端亀裂骨折であつてその部位は左足踝の内側であるところ、原審及び当審における同人の証言によると、同人は自転車の荷台に重量三貫匁の花束を積みこれを運転して本件交差点に差しかかつたところ左方から被告人の運転する自動車が接近して来たのでこれとの衝突を避けようとして右にハンドルを切つてブレーキをかけ、進行してきた道路の中央に左足で爪先立ちして停止したところに、被告人の自動車が停りきらないで同人の左側に衝突したのでその勢で自転車に跨つたまま右側に倒れ左足内側を自転車の車体に当てて右傷を負つたが、その際もその後も、左足の外側部分(左大腿部、下腿部、足部の外側(左側))には何らの疼痛を感じたこともなく、また、打撲傷、擦過傷その他の傷害を受けなかつたというのであつて、自転車に跨り、左足で爪先立ちをしていた同人の身体が左方から自動車に衝突されて自転車諸共右側に倒れる程強力な衝撃を受けたものとすれば、同人の左足外側部に何等の疼痛乃至傷害を残さなかつたというのは、まことに不審であるといわねばならず被告人の自動車に衝突されて右側に倒れたという同人の証言は咄嗟の事故に対する錯覚または事後における誤つた推測に出た供述と認められ措信し難いところ、一方本件事故の目撃者竹川竹美の原審及び当審における証言、被告人の原審及び当審における供述を総合すると、高野政治は出あいがしらに被告人の自動車を避けようとして急ブレーキをかけ且つ右にハンドルを切ろうとして、被告人の自動車には触れないのに、自転車に跨つたまま左側に倒れたもので、倒れた位置において、被害者の身体と停止した被告人の自動車とは離れていたというのであつて、これによつて見ると、むしろ高野政治は交差点左方から来た被告人の自動車との衝突を避けようとして急ブレーキをかけるとともにハンドルを右に切つたため、自転車の荷台に積載した相当多量の生花の重量により、自転車の重心を失して左側に倒れかかり、左足を路面に爪先立ちして支えようとしたが老令のため支えきれず折柄、時速二〇乃至二五粁程度で進行し、右高野を認めて直ちに急停車した被告人の自動車の右側前方で、自転車諸共左側に転倒し、よつて、左足を自転車と路面との間に挾み、前記部位に傷害を負うに至つたものであつて、転倒したのは被告人の自動車と衝突したことによるものではないと認めるのが相当である。なお被告人の司法警察員に対する昭和四二年一一月三〇日付供述調書、検察官に対する昭和四三年四月一九日付供述調書には被告人の自動車が被害者に衝突した旨の供述があるが検察官に対する供述はただ衝突してしまつたというだけのもので、簡単に司法警察員に対する供述の趣旨を踏襲是認したものに過ぎずこれだけでは、衝突した事実の心証を惹き起すには不十分であり、また司法警察員に対する供述は事故当日のもので、詳細ではあるが、本件事故の取調に当つた司法警察職員は、被告人の自動車が当然被害者に衝突したものとの臆測の下に、これを当然の前提として被告人の取調に当つたと見られるふしがあり、このことは、実況見分をした司法巡査古屋望の原審証言中、自動車の進行方向の右側前照灯の上部が約一〇センチ四方にわたつて凹んでいて、身体の一部が車に当つて凹んだような状態に思われた旨の供述が存するが、前段説明のとおり、そのように強く衝突した事実は到底認められないところであり、これが同人の予断に基づくものと認められることにもその一端がうかがわれるところであつて、被告人が右のように供述したのは、取調官のこのような臆測による推究に対し、事故直後未だ感情を整理し切れないでいたことによるものと認められ、被告人の真意を示すものとは解し得ないので、これにより右判断を左右することはできない。もつとも本件交差点は交通整理の行われておらず、左右の見とおしのきかないところであるから、車両等は徐行(その手前において一時停止乃至減速)する注意義務があるところ(道路交通法第四二条等)、被告人がこれを怠り進入したため被害者高野政治においてこれを避けようとして重心を失い転倒負傷したものであるとすれば、被告人の自動車が被害者の身体又は自転車に接触乃至衝突しなかつたとしてもなお被告人に過失の責があることは言うまでもないところであるが、司法警察員の実況見分調書、原審証人(目撃者)上野節子の供述、及び被告人の原審及び当審における供述によれば、被害者高野政治の進行した道路の交差点手前の路上には車両等の運転者に左右の安全確認を促す白線の標示があるのに、被告人の進行する道路上には、かかる標示はないところ、被害者は道路のほぼ中央を直進し右白線の手前で減速乃至一時停止をせず、そのまま交差点に進入転倒したこと、被告人は時速二〇乃至二五粁で運転して同交差点に差しかかり、被害者の自転車を認めて急停車の措置を講じ自車の前部先端が右交差点のほぼ中央において、被害自転車の進路を殆んど侵すことなく停止したことが認められるので、被告人において同交差点における徐行の注意義務を怠つたものということもできないから、被告人に対しては被害者の転倒による負傷の責を問うに由がないものというべく、本件事故はむしろ被害者高野政治が交差点手前の白線において一時停止乃至減速して左右の安全を確認するにおいてはこれを避け得られたものとみるのが相当である。そうであるとすれば、これを被告人の安全運転義務違反の過失による衝突であると認定した原判決は事実を誤認したものというべく論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八二条によつて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書によつて被告事件について更に判決をする。

本件公訴事実は、『被告人は、自動車運転の業務に従事する者であるが昭和四二年一一月三〇日午後〇時三〇分頃軽四輪自動車を運転して、豊島区池袋七の二〇六三番地先の交通整理の行われていない交差点を池袋五丁目方面から池袋八丁目方面に向い直進するに当り同交差点が左右の見通しが困難であつたから一時停止又は徐行して左右道路の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに一時間約二五粁で進行した過失により、右方道路から進行して来た高野政治の自転車に自動車を衝突させ、よつて同人に治療約七六日を要する左腓骨皮下骨折の傷害を負わせたものである』というのであるが、前記のようにこれを認めるに足りる証拠がなく、犯罪の証明なきに帰するから、刑事訴訟法第三三六条後段によつて無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(遠藤 青柳 菅間)

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